4月3日
この日冬木市にある穂群原学園の体育館で入学式がおこなわれていた。
壇上では新入生代表の遠坂凛が新入生代表のあいさつをしている。
一般的に新入生代表は入学試験において最も優秀な成績を収める生徒が選ばれる。
ほかの生徒たちはその事実と遠坂凛の美貌に、男女関係なく尊敬の眼差しを向け、本人はそれが当り前であるかのように挨拶を続けた。
だがこの場においてたった一人を除いて彼女が次席で入学したのを誰も知らなかった。
「今年もよろしく頼む、一成」
「ああ、こちらこそよろしくたのむ、衛宮」
入学式が終わり、クラス編成が発表され、中学の時同様、同じクラスになった士郎と一成が教室でそう挨拶を交わす
「それで衛宮、今夜父上が宴を開くからお前に来てほしいそうなんだが…」
「悪い、雷画のじいさんに誘われているんだ。それにあの王理さんがな…」
「む。まぁそういうなら仕方ない。しかし王理殿も寡黙なお方だ。ほとんど衛宮の家から出ることもなく日々、修練を積み座禅を組んでいるのだろ。俺もあまり言えたことではないがたまには町を練り歩くのも良いと思うが…」
「王理さんはあまりそういったことに興味はないんだ…あの人にはある目的があるんだが、そのために今は静かに生きることが大事なんだ」
「臥薪嘗胆とはまさにこのことだな。わかった。父上には俺が伝えておこう」
「悪いな。料理を楽しみにしていた人たちもいただろ」
「いいのだ。皆それを覚悟して出家したのだから」
「今度、肉の精進料理のレシピを渡しておく」
「む、それは助かる。皆肉には飢えていてな、いくら野菜でできているとはいえ喜ぶだろう」
そんな会話をつづけている二人に一人の女子が近づく。
「おい、おまえ!」
「はい?」
突然の呼び掛けに振り替えるとそこにいたのは黒く焼けた肌の女子。
「お前が一中の怪物か?」
「「はっ!?」」
突然のことに一成も同じく声を上げる。
「だからお前が一中の…」
「待て、蒔の字。初対面の人間にそれは失礼だろう」
「そうだよ、蒔ちゃん。その人、こまってるよ」
「まったく。あんたはもう少し落ち着け」
そんな彼女を、あとから来た三人の女子が止める。
一人はメガネをかけたクールな雰囲気の人物、その後ろで気の弱そうな眼をしている体は小柄の人物、最後は茶髪の姉御肌の様な人物。
「なんだよ、お前たちだって気になってるんだろう」
「否定はしないが、いくらなんでもあれは失礼だろう」
「そうだぞ、初対面の上怪物呼ばわりされたら誰だっていやだろう」
そんな三人のやり取りを言尻目に小柄の女子が近づいてくる。
「わたし、三枝由紀香っていいます。えっと蒔ちゃんが変なこと言ってすいません」
そう言って友達の代わりに頭を下げる処女に二人は困惑した。
「気にしていないので大丈夫です。俺は衛宮士郎と言います」
「柳洞一成だ。それで衛宮を怪物呼ばわりしたのは…?」
女性嫌いなうえ、親友である士郎を怪物呼ばわりされ若干気が立っている一成が三枝にそう問う。
「えっと、それは…」
「それに関しては私たちが説明しよう」
メガネをかけた女子が三枝の説明をさえぎる。
「自己紹介がまだだったな。私は氷室鐘という」
「あたしは美綴綾子。こいつは蒔寺楓。ほらあやまれ」
「うう…わるかったよぉ」
「それで結局一中の怪物って何ですか?」
「ああ、私たちは深山二中の出身なのだが衛宮たちは深山一中の出身だろ?」
「ええ、俺と一成は深山一中の出身です」
深山町には公立の中学校として深山一中と深山二中ある。
「で、去年の10月あたりにうちらの学校に一中に友達を持っているやつからある噂が流れてきた。いわく一中には完璧超人がいるらしい。帰国子女で容姿端麗、品行方正、そのうえ試験では全教科満点は当たりまえ、体力測定では中学生なのに高校生の全国記録を超えてこちらもオール10点。その人物の名は衛宮士郎。女子みたいな風貌をした男子だってな」
「最初は私たちも私立でもないのにそんな人物がいるとは思えなかった。また都市伝説の類なのかと考えていた」
「だけど今年の一月にあった全国中学生学力調査テストの上位100人の結果を見たときには驚いたね。一位の名前が衛宮士郎。学校名は深山一中」
「そして今日クラス編成が発表され教室に来てみれば噂とまったく同じ特徴の衛宮士郎という人物が蒔の字の目に入ったというわけだ」
「なるほど、と言っても勉強も運動のほうもどちらも努力のたまものとしか言えませんね」
「家庭科の授業では調理実習で主婦歴20年の女性の教師をそのあまりのおいしさで泣かせ、エプロンの刺繍では売り物になるものを仕上げたそうだが?」
「調理実習の授業はハンバーグを作るものだったんですが、ソースが市販のものだったんですが、ちょっと味が濃かったので野菜のコマ切れと一緒に煮詰めただけです。それがたまたま先生の好みにあったらしくて。エプロンのほうはもともと海外に住んでいたときにある人物から服を作ってくれと頼まれましてね。それ以来そういったものを作るのは半ば趣味のようなもので」
「まったく、衛宮はそうは言うが俺はあれほど見事なものを食べたことはそうないぞ?」
一成は士郎がつくるものは常に金を払ってもいいものだと知っている。
「ほら見ろ、こんなやつ絶対人間じゃない。怪物に違いない!」
「貴様!まだ言うか!」
「駄目だよ、蒔ちゃん、柳洞君」
士郎の話を聞いて改めて自分の考えが間違っていなかったことを示す蒔寺。
それに反発する一成。
そんな二人を止めようとする三枝
そんな光景を士郎は、
(今年一年は退屈しないで済みそうだ)
と考えながら傍観に徹する美綴と氷室と同じように楽しそうに眺めていた。
「衛宮、この後はどうする?」
新学期最初のHRを終え、多くの生徒は校門を目指している中、いまだ教室に残っている士郎に一成がそう問いかける。
「いや実は…この後弁当を届けることになっている」
その一言で一成はすべてを察した。
「ああそういうことか…お前も大変だなぁ」
「いや少なくとも夕飯時になって『どうして今日はお弁当がなかったの!』とか言いながら竹刀で叩かれることもなくなる。最悪俺の分を渡せばいいからな」
「その光景が容易に目の前に浮かぶな」
「それじゃ、親父さんにはよろしく言っといてくれ」
「ああ、衛宮も頑張れ」
まるで戦場に部下を送り出す上官のような口調で一成は士郎に別れを告げた。
だがある意味これから士郎が行くところは一般人なら少なくとも地雷原を突っ切るだけの勇気が必要となる場所である。
士郎が向かったのは弓道場
士郎にとって姉のような存在である藤村大河が顧問を務める弓道部の活動場所である。
入学式の今日は部活動などは行われていない。
が、彼女は2・3年の部長と副部長と今学期の活動についてお昼頃話し合いがあるので、士郎にHRが終わったら弁当を持ってくるように命じたのである。
「失礼します。藤村先生に弁当を届けに来たのですが」
そう言って弓道場に入る。
弓道場では藤村大河と数人の生徒が話をしており、全員が士郎に目を向ける。
「士郎!早く弁当をよこしなさい!」
その人物が士郎だとわかると突進してくる。
「落ち着け藤ねえ。さもなきゃ弁当はやらんぞ」
「む、ここは学校なんだから私のことは藤村先生って呼びなさい、士郎」
「だったら俺のことも衛宮って読んでください、藤村先生」
まるで台本があるかのような話の後士郎は弁当を渡した。
「ところで士郎。お昼は?」
「学食で済まそうと考えてるけど」
「だったらこれを食べてけば?いくらなんでもこんなに食べれないし」
そう言って大河はたった今渡された弁当、大河と一緒にいる人他のことも含めて多めに作った五段の重箱弁当を示す。
「そうさせてもらう。無駄に食費を増やしたくないし」
そう言って生徒の輪に戻る大河と同じように士郎も混ざる。
「あの藤村先生。彼は?」
当然のことながらその中の一人、現弓道部部長の三年男子、神尾が大河にそうと言いかける。
が、大河は既に弁当を開け、雄叫びをあげており彼の話を聞いていない。
「藤村先生の分は上から二段目まで。あとはこの人たちの分だから。失礼、藤村先生の近所に住んでいるもので、衛宮士郎と言います。いつも藤村先生がお世話になっています。」
「衛宮…士郎…?もしかして君が藤村先生が言っていた完璧超人の衛宮士郎君?」
「似たフレーズを朝も聞きました。藤村先生が衛宮士郎といったら恐らく俺のこと言っていると思いますが」
「そうか。一年前知り合いの子が帰って来たと聞いたときからキミの武勇伝はいろいろ聞いてるよ」
「武勇伝と言っても何も心当たりはありませんが?」
「いやいや俺が一年の時は大変だったよ。なにせ俺たちの弁当をつまみ食いするのが日常茶飯事だったから。それが二年になってからはおびえることもなくなったし」
「今度詳しく教えてください。雷画のじいさんに伝えておくので」
「いや、そこまで…」
「いえ、こういうところはきっちり締めておかないと図に乗るので。犬の躾と同じで」
「いやいや本当にいいから。それに犬って」
「ああ、藤村先生だったら虎の間違いでしたね」
この時神尾を含めその場にいた部員全員、士郎がどこか虎をしつける飼い主の様な気がしてきた。
どうしてそんなことを思ったのか不明だが会って数分の年下の人物をそんな風に考えるべきではないと考えたが、
「士郎、食べないなら唐揚げもらうよ!」
「じぶんのがあるだろ!人のおかずをとるな!」
そんな光景を見てあながちそれが間違いではないと全員が確信した。
「ところで衛宮君。君は部活は決めた?」
「そうですね。とりあえず弓道部(ここ)に入ろうかと」
「そうか。…ところで弓道はやったことあるかい?」
「いえ、和弓、洋弓どちらも使ったことはありますが作法などはまったく知りません」
その答えに神尾は一瞬意味がわからなかった。
現代において弓を射るのは、和弓であれば弓道、洋弓ならばアーチェリー出ない限りまずあり得ない。
アーチェリーについてはあまり詳しくはないが弓道に関して言えば弓道場で弓を射る際初心者ならば誰かからの作法の指導は必須と言える。
なのに彼はその作法を知らないという。
「俺は実際に鳥や獣を狩るために弓を使ったことがあるという事です」
「なるほど…ちなみにそのときの成績は?」
「百発百中でした。全部一射で殺しました」
その答えに神尾は自分の浅はかさを恨んだ。
目的が何であれ動物を射るのだ。
それは殺すということであり、彼が普段やっている弓道ではなく、弓術の部類になる。
「それはすごいなぁ…」
神尾は冷や汗をかきながら士郎に対する評価を改めた。
士郎が「殺す」という言葉を口にしたとき表情一つ変えなかったのだ。
「士郎君、俺の射を見てみるかい?」
そう言ったのは気分を払拭する意味でもあり、また士郎に弓道というものを知ってもらいたかったためである。
弓術と弓道。
同じ弓を射るというものでも、目的と対象が違う。
弓術は戦国の時から続く人を射るということを、弓道は自分の心を射ることを目的としている。
その場にいた者たちも神尾の考えを察したのか口をはさまない。
道着に着替え愛用の弓を持ち、的の前に立つ。
深呼吸をし、静かに弓を引き絞る。
―キキキキキキ―
弦が引き絞られ、音が響く。
狙い撃つは的ではなく、自分の心。
もう一人の自分を見るかのように的を見、手をはなす。
―タン―
残念ながら中心からは外れたがそれでも彼の心は先ほどより幾分落ち着きを取り戻した。
残心を終え振り向くと士郎は先ほどとまったく変わらず正座してじっと神尾を見ている。
「どうだったかな、俺の射は?」
「始めて弓道というものを見たのでよくわかりませんが、見事だと思います。心も落ち着いているようで、少なくとも先ほどよりは顔色は良くなっています。俺の話を聞いてから顔色が悪かったので、心配しました」
そのときになって彼は初めて先ほどまで自分はそんな顔をしていたのかと、内心あわてた。
「そうかそれはすまない。……衛宮君、君もやってみないかい?」
そう言った彼の心にあるのは純粋な興味。
今まで弓道の射しか見た事がない彼にとって、弓術での射を見たかったからであり、もしそれに問題があればそれを指摘し、弓道部に入部を希望する彼にとってもためになると考えたからだ。
「構いませんが、先ほど言った通り作法など全くわかりませんよ?」
「そんなこと気にしなくていいよ。君は他の人より少し早く仮入部をしているだけで、部活というものは楽しむものなんだから。ここは大会でもなければ、歴史を重んじる私立の学校でもないからね」
「わかりましたご厚意に甘えさせてもらいます」
「そんなかたくならなくていいよ。藤村先生ほどじゃないけどここは、まったり過ごしながら弓道をやるところだから」
それを聞いた士郎は口の端を曲げ、少しだけ微笑みを浮かべて的の前に立った。
弓を射る前に士郎は髪紐を外す。
これは彼なりの自己暗示で、魔術のものとはまた別であり、髪紐を外すことで彼は意識を切り替える。
矢を番え、弦を引く。
―キキキキキ―
彼の頭の中に的が外れる未来像はない。
そしてそれは彼の歩んできた人生と同じ。
あたる、あたらないということではなく当てなければならないのだ。
―タン―
矢が的の中心に当たる。
しかし士郎はそんなことを気にも留めず、目を閉じている。
なぜなら矢が的に当たるは必然であり、彼にとって絶対のことなのだ。
「ありがとうございます」
そう背後の神尾たちに頭を下げるが彼らは動けない。
髪紐をといてから彼らは動けなかった。
士郎の体からあふれ出す何かに体を動かすことができず、ただじっとしていることしかできない。
それが殺気だとわからず。
だが彼ら動けなかったのは殺気のせいだけではない。
美しかったのだ。
士郎の射を見たとき、全員が全く同じ感想を思い浮かべた。
自分たちと同じようにただ弓に矢を番え、弦を引き、矢を放っただけなのに。
「神尾先輩、神尾先輩…」
「ん?……ああ!!悪い。とても美しい射だったんでね」
「そうですか……今日はありがとうございました」
そう言って士郎は弓道場から出て言った。
「部長…」
士郎が出て言って行ってから5分ほどして、副部長が話しかけてくる。
「彼が入ってくれるといいですね」
「ああそうだな……できればあの射がまた見たいな」
そうれは彼ら全員の願いでもあった。
4月7日
二日前から始まった授業も終わり、放課後になる。
今日から新入生が自分が入りたい部活を品定めするための仮入部が始まる。
そして士郎は一直線に球場へ足を向けている。
「お〜い、衛宮〜」
そんな彼に後ろから走って来た美綴が声をかける。
「美綴か…なんだ?」
「衛宮も弓道部に入るのか?」
「ああ……体を動かすのは嫌いではないが激しいのは好きじゃないんでな。美綴は?」
「あたしはもともと武道全般をやっていたんだけどさ、弓道だけはやったことがなくてね。穂群原(ここ)に入るって決まってからは弓道部に入ろうと思っててさ」
「そうなのか」
そんな会話を交えながら二人は弓道場に入った。
「やぁ、衛宮君。来てくれてうれしいよ」
「こんにちは神尾先輩。これからよろしくお願いします」
「まだここに入ると決まったわけじゃなんだろ。だったら…」
「いえ、もうここに入ると決めました。虎の世話も含めて」
「それは…ありがたいな…」
弓道場に入ってすぐそんな会話を始めた二人に隣にいた美綴は呆然としている。
「なぁ、衛宮この人は?」
「この人は弓道部の部長の神崎さんだ」
「部長の神崎だ。君の名前は?」
「美綴綾子です」
「そうか。美綴りさん。入るかどうかは君の自由だが俺としては部員が増えてくれるのは嬉しいから、できる限り楽しんでいってくれ」
「あ、大丈夫です。衛宮と同じで私もここに入るってもう決めてますので」
「そうかそれは嬉しいな…」
そう言って笑う神崎に美綴りは
(こんな部活なら楽しくやっていけるかも)
そう思った。
「ところで衛宮君…」
だがすぐに神崎の顔が陰り静かな声で士郎に話しかけた。
「なんですか?」
「藤村先生のことなんだが…」
そう言って彼は眼線だけで同情の奥に視線を向ける。
二人もその先を辿るとそこにはスナック菓子を音とを立てて食べている女性がいた。
「あの神崎先輩あの人は?」
「あの人は藤村先生。我が部の顧問だ」
「えっ!?あの人が冬木の虎って呼ばれてた藤村さんなんですか!?」
「よく知ってるね。おかげで注意するにも一苦労で…」
大河の話は中学校の頃通っていた剣道場で良く聞かされており、心の中でひそかにあこがれていたのだが、どう見ても弓道部に似つかわしくない行いに美綴の思考が停止した。
「そういうわけで衛宮君頼めるかい?俺たちではとても…」
そう言った彼の視線は大河の隣に置いてある虎のストラップがついた竹刀に向けられている。
「わかりました。任せてください」
そう言って静か気配を消して大河に近づいていく。
いまだ士郎が近づいていることに気づかず、彼女は派手な音を立てながらお菓子を食べている。
そして背後にった士郎が一瞬でお菓子の袋を奪う。
「あ!…ちょっと士郎何するのよ!」
背後にいる人物を確認して大河は一瞬振るいかけた竹刀から手をはなした。
「何するのよ!じゃない!新入生が来てるのに顧問の先生がこんなことしてたら新入部員なんか入ってくるわけないだろう!それとこれもしかして部費で買ったんじゃないだろうな?」
「ギクッ!!」
「これって横領っていう犯罪なんだが知ってるか?もし雷画のじいさんこのことを知ったらどうなるだろうな?」
仮にも極道の親分として雷画は人の上に立っている。
そして極道というものは筋を通すものであり、雷画の娘である大河は筋を通せなかったものがどのような目にあうか良く知っている。
「そういうわけでこれは没収だ。あとで廃棄する」
「うう…うう…」
事がことだけに反論するわけにもいかず、打ちひしがれる大河を士郎は無視して神崎の元に戻った。
「終わりました」
「頼んどいて何なんだが、藤村先生は大丈夫なのかい?」
「仮に雷画のじいさんの耳に入ったとしても、説教されて小遣いを減らされるだけでしょう」
「そ、そうか。なにはともあれありがとう」
もはや話についていけず美綴は呆然と立ちくしていた。
「おい入り口に立たれたら入れないだろ。とっととどけよ」
そんな彼女の背後から不躾な声が聞こえてくる。
振り向くとそこには青髪の人によっては端正と認識しそうな顔の男子が偉そうに腰に手を当てて美綴を睨んでいた。
「あんた誰?」
「おいおい、人に名前を聞くときはまず自分から。そんなことも習わなかったのか?」
その態度同様に上から目線の発言にその男子に反発を覚えたが、ここで声を荒げるのは相手の思うつぼだと考え、名を名乗った。
「美綴綾子だ」
「間桐慎二だ」
その名で美綴はとある話を思い出した。
入学式の翌日、とあるクラスの男子が数人の女子を侍らせているという。
その男子はそれを当然と思い他人を見下すのが当たり前。
困ったことにその人物は成績優秀である生徒が喧嘩を売ったところ入学試験の成績を盾に馬鹿と連発しただけであいては自分から頭を下げたという奇妙な人物。
それが美綴が聞いた間桐慎二という人物の話である。
できれば彼女としては関わりたくない人物ではあるが彼がここにいる時点で彼は弓道部にはいることを希望しているということでもあるため、三年間共に部活動をするという事実が彼女の心を暗くする。
「おい、美綴。僕はどけって言ったんだからさっさとどけよ」
自分が邪魔なのは事実なので美綴は素直にどく。
そうして弓道場に入ると同時に慎二が驚きの声を上げる。
「衛宮じゃないか。何してるんだこんなところで?」
「それはこっちの台詞だ、慎二」
「決まっているんだろう。弓道部に入るために決まってるじゃないか」
「俺も同じだよ。慎二は弓道やったことあるのか?」
「愚問だね。僕はこれでも中学の頃地区大会で優勝経験があるんだ」
「それはすごいな。ご指導のほどよろしく頼むよ、先輩」
慎二とそんな会話をしている士郎に美綴は驚きを禁じ得なかった。
そして仮入部が始まり、弓道場の説明を副部長が説明を終え、いよいよ仮入部生にも弓が握られる。
今回集まったのは15人ほど。
数人が射を終えたところで美綴は奇妙なことに気がついた。
五十音順で名前を読み上げていたと思ったのだが士郎の名前が飛ばされたのだ。
そして士郎の名はそのまま呼ばれず、まず慎二の番がくる。
「次、間桐慎二君」
名前を呼ばれると慎二は射場に立ち慣れた手つきで弓を引く。
その矢は的の真ん中に刺さる。
それを当然と言わんばかりの表情に美綴はやはり慎二のことが好きになれないと感じた。
そして美綴の番がやってくる。
弓を握るのはこれが初めてだが、そこに緊張はなく、周りにいる上級生と同じように弦を引き、指をはなす。
その矢は的の端に当たったが始めて弓を引くならばましな結果である。
そしてそのあとも何人かの名前が呼ばれ、
「次、衛宮士郎君」
士郎の名前が呼ばれると同時に周囲で弓を構えていたものが手止め、じっと士郎を見つめている。
その静けさに美綴もじっと息を呑む。
射場に立ち、髪をまとめていた髪紐外す。
―キキキキキ―
弦を弾く音が響き渡る。
しかしこの場にいる誰の耳にもその音は入らず、ただ弦を引く士郎の姿だけが脳を支配する。
的だけを見つめ矢を引き絞るその姿はかつて美綴が武道を始めるきっかけとなった祖父の言葉「真の武道とは舞道である」が頭をよぎる。
そしてゆっくり指が離され、矢が的に向かう。
―タン―
矢は的の真ん中に刺さる。
だが既に目を閉じ静かに士郎は髪をまとめている。
自分と同い年のはずだが美綴は士郎の今の射に無骨で何十年という努力の結果の末の射だと感じた。
あとがき
こんにちはNSZTHRです。
ようやくFate本編に近づいてきました。
私は弓道をやったことがないのでwikiなどで調べたこと以外はほぼ空想ですので文句はやめてください。
管理人より
久々の投稿ありがとうございます。
弓道に関しては何も知らないのでそれについては何も言いません。
此処から凛や慎二がどう絡むのか楽しみにしています。